天使たちの楽園 #小説
風が心地よい。
私は自由だった。
仲間たちに恵まれ、空を自在に駆け回ることができた。
手足を動かしてひと飛びすれば、世界の端から端まで旅することができた。
「ねぇ、今日はどこに行く?」
「あっちの洞窟を通り抜けて見ようよ」
「またあそこ? ……ふふ。好きね」
必要なものは何でも揃い、満たされた毎日だった。
でも、あるときから、私は不幸になってしまった。
それは、あの人に恋をしたときから。
彼は、私たちとは違う世界に住んでいた。
彼は、一日に二回、決まった時刻にやってくる。
そして必要な物だけを渡すと、すぐに帰ってしまう。
私は、ずっとあなたと一緒にいたいのに。
「あなたのことが知りたい」
あるとき、私は彼に訊ねた。
『俺かい? そうだなぁ。水槽で、魚を飼っているよ』
彼は淡々と答えた。
私は激しく嫉妬した。魚なんかにあなたの愛情を奪われたくない。
『そら、いつものやつだ』
「ありがとう」
私は歓喜して受け取った。
『じゃあな』
あっという間に、またお別れの時が来てしまった。
「待って!」
私の声は、彼には届かなかった。
彼は世界の外を指差した。
『お客さんも待ってるぞ』
ドンドンと、外から音がする。
行儀の悪い子供たちが強化ガラスを叩いていた。
そこは、水族館の中だった。
(終)
小説家になろう掲載作品
暗闇から抜け出して #小説
僕は一人きり、この真っ暗な世界で生きてきた。
この世に生まれてから、ずっと。
外の世界はもっと明るく、色彩に満ちているらしい。でも、そんなことはどうでもよかった。この闇の中でも、音と匂いを頼りに生きていけるのだから。
僕は誰にも頼らず、一人きりで生きていた。
「外に出たことがないだって!? なんてもったいない!」
ある日、外の世界からやってきたという少年が言った。少年は、この闇世界でしか手に入らない水晶を探しに来た、トレジャー・ハンターだった。
大きなお世話だ、と僕は思った。でも、客人に無礼を働いてはいけないという決まりがある。いくら一人で生きているとは言え、集落を追われると面倒だ。なので、僕は黙っていた。
「行こう」
「え?」
彼は強引に僕の手を引き、外界へつながる階段の方へと走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。君、黒水晶を探しに来たんじゃないの」
それは後でいい、と彼は即答した。
めちゃくちゃだ、と僕は思った。
この少年は、僕だけの暗く静かな世界に、ずかずかと音を立てて踏み込んで来る。族長はなぜ、僕に彼を案内させたのか……。
「君は一人ぼっちなんかじゃないよ」
どきりとした。彼の言葉は、まるで僕の心を見透かしたかのようだった。
「生まれてからずっと、一緒にいるじゃないか。見せてあげる」
「え……?」
少年と僕は手をつないで階段をひたすら登った。
あるとき、空気の温度が変わった。地上はもうすぐだ。
外の世界への扉が開いた。途端に、目を灼くような光と色の洪水が飛び込んできた。
ほら、と彼が言う。
僕は恐る恐る、ゆっくりと目を開く。
彼が指差していたのは、僕の足元だった。
「これって……」
僕はまじまじとそれを見つめる。
「今まで見えなかったかもしれないけど、どんなときもずっと一緒にいたんだよ。うれしいときも、つらいときも、君に寄り添い、君のどんな話も黙って受け止めてくれる」
それは僕の影だった。
生まれて初めて見た空の下で、僕は生まれて初めて影に出会った。
僕が影に手を振ると、影も僕に手を振り返してくれた。
影が笑った、気がした。
(終)
小説家になろう掲載作品